10年後の私は、今の私に何て言うんだろう

  • 「物欲BLOG」:元いじめられっ子は覚えている(id:mu-gi:20061109:p1)

を読んで思い出した小学校時代。私には普通に友達もいたものの、クラスメイトや近所の子達から、何かやるたびに笑われたり、ちょっと個性的な文具を持っていただけで生意気だと言われたり、容姿(どすこい)や言動をからかわれたり、替え歌まで作って小馬鹿にして頂いたりといった感じの日々を過ごしてました。あからさまに仲間外れにされたとか暴力を振るわれたといった事は無く、当時の同級生に聞いたところで、私をいじめてたっていう意識は無いと思いますが、なんていうかまあ「軽く見てもいい」「あしらっていい」「仲間に入れてあげている」存在だと思われてたんだろうなあとは思います。
そんな感じで、受けた行為自体は、親や教師に訴えたりする程の酷いものでは無かったんですけど、当時(記憶があるのは3年〜5年あたり)の私は何度も自殺を考えていて、布団に包まりながら、近くにあったビルの屋上(自由に出入り出来た)から飛ぶ所や、台所で包丁を腹に当てて刺す所を仔細に想像しながら、「簡単だ」「やろうと思えばすぐ出来る」と思っていた事を覚えています。
その直接の理由というか、1番強く思っていた事は「私が死んでも誰も悲しまない」でした。からかい自体はそんなに大ダメージを与えるようなものじゃなくても、何かするたびに過剰に反応をされると、「え?私おかしいの?」が積み重なって、気付かないうちに自分の中の自信みたいなものがざくざく削られていくんですよね。常に萎縮して人の顔色を伺うようになって、そんでそういう状態だからますます挙動不審になって、面白がられて舐められるっていう悪循環。
結局こうして肉を揺らしながら生きているので死んじゃいないんですけど、この「私が死んでも誰も悲しまない・私には価値が無い」の思考は私の根っこにガッツリ埋め込まれていて、長らく引きずる事になりました。*1
友達何人かが立ち話している所に入ろうとしただけで、「ほら、来たよ(クスクス」「やっぱりね」って、何がやっぱりだよこの野郎歯茎えぐるぞって話なんですけど。あと「2人組作りましょう」がいまだにトラウマです。生徒数が奇数のクラスでこれを言い放つ教師は頭に何か虫でも飼ってんじゃないかと思います。「好きに組んで」もかなりの破壊力ですけど、名簿の前から組んでいくと、「や」で最後尾の私は必然的にトコロテン式に押し出されて、「最後の人だけは(私を入れて)3人組にしてね」っていうお達しが下ったものの、組んだ2人に「お前とは組みたくないけど、余ったから入れてやってるだけだからな」って言われたのが忘れられません。それに私が何て答えたかって、「うん、わかってる(笑)」ですからね。へつらいの笑みで、目指せ虎眼先生。
当時の自分は、「今」だけが全てで、あと何年か経ったら中学に行って高校に行って今とは全く違う世界があるなんていう事はまるで実感できなくて、そんな先の事より明日や明後日の事の方がよっぽど重い現実でした。そんでも、中学も高校も大学も通り過ぎて今思うのは、私が死んだら悲しむ人は確実に居るし(少なくとも親族は)、あの時飛び降りたり腹切ったりしなくて良かったなあという事です。
「私には価値がない」の思考はいまだに消えていないし、道ですれ違った人がクスクス笑ってたりすると「私か…!?」と思って物凄い勢いで萎縮しますし、何事からも一歩引いてしまう癖が抜けず、頼るべき部分ですら人に上手く頼る事も出来ない(結果迷惑をかける)状態ですけど、生きてる方がいいよなと思います。米食べれるし。でも、今タイムマシンに乗って当時の自分に会いに行ってそう言ったところで、「そんな先の事なんざ知るかとにかく今辛くて、この状態がいつか変わるだなんてこれっぽっちも思えねえんだよ馬鹿」って言われるだろうなあ。その気持ちも物凄くわかるから困る。あと、あなたの上履きを隠したり玩具や本を盗んだり自分の不始末の責任を私になすり付けたり山ほど嘘をついてたSちゃんは、普通に結婚して2児の母になってますよって言ったらどんな顔するかな。

*1:念のために言うと、クラスメイトの行為が私の性根を決定づけた全てだとは思っていません。同じ立場で同じ体験をしても、こんな風になるかならないかはその人(とその人のこれ以降の人生)次第でしょうし