「ヤサシイワタシ」

ヤサシイワタシ(1) (アフタヌーンKC)

大学の写真サークルを舞台にした恋愛漫画というか青春漫画?青春っていうか「モラトリアム期」の方が近いかもしれない。青臭い恥ずかしい言動がばんばか出てきます。私はサークル経験無いので(大学時代はいかに早く帰宅するかだけを考えていました)さほどでしたけど、実際にこんな感じの文科系サークルに入ってた人にとっては生々しさもひとしおかと思います。あとこういう言い方はちょっと乱暴かもしれないですけど、鬱傾向にある時はあんまり読まない方がいいかもしれません。
主人公はヤエ(写真サークルの3回生)と、彼女と付き合う事になったヒロタカ(サークルに入部してきた2回生)。
このヤエっていう女性がかなりの曲者で、ざっとまとめてみると、直情的で行動力があって押しが強い。反面、思いつきでの行動が多いせいで空回る事も多く、根本的に不安定。大きな事を言うわりに努力も必死さも足りず、構って欲しがりで人に対して無神経。オンかオフか・好きか嫌いかでしか人と関われない。といった感じ。見ていてもイライラする事ばかりで、1巻だけを読んでいるとほんとにムカつくだけの漫画で終わってしまいそうな勢いです。
ヤエは本当に「何なんだコイツ?」なんですけど、その不愉快の理由には自分の中にも「ヤエ」的なものが存在しているからっていうのがあるんだと思います。存在していても、それを恥じていたり嫌悪していたり、もしくは人と上手くやっていくために押し込めているものだったりするので、余計にヤエが鬱陶しくなる、と。あと実際ヤエタイプの友人が居たせいもあるかなあ(ここまで酷くないですけど)。2巻の後半、ヤエの友人(女)の台詞で、「見ていると頭に来る」「目の前にいるとプレッシャーなのに、どっかに行かれると相手じゃねえよって言われてる気がした」「そばで見ていて、もっと痛い目にあえばいいのにと思っている自分がいた」「嫌いになったら負けみたいに思ってた」っていうのがあって、すごく納得しました。程度の差はあれ、そういう存在って居ますね。
そんなヤエと真逆で実直なタイプのヒロタカが彼女と出会い、何とか悪循環から抜け出させようとするするものの…っていうのを描いたらネタバレになるので堪えます。ともすればドロドロの共依存状態(ヤエと元カレのように)になりかねない所を、しっかり踏ん張ったヒロタカは偉いなあ。私なら、ある程度の距離からは絶対近づかないようにしてしまいそう。
人からの評価でしか自分を決定できない、依存的な性質を持っているヤエを通じて、「ヤエ」的な人へ向かってのメッセージみたいなものがズンドコ詰め込まれていて、痛々しいんですけど、でもちゃんと読んで噛み締めたいと思います。

「ほめてもらうためとか しかってもらうためじゃなくて
あなたの やりたいこと ちゃんと考えてよ 考えられるよ」

「イチイチ誰かの反応見なくても なんでもちゃんとできてるよ」

作中で吐露される、ヤエを安心させたかった、それで自分も安心したかった、っていうヒロタカの気持ちはすごくわかる。自分のために人を利用してると言えなくもないですけど。でもどんな理由にせよ、ただ依存させるんじゃなくて「1人で立てるよ」って安心させてあげる事が出来る存在が1人でも居るっていう事は必要だなあと思うので。なかなか上手くいくもんじゃないですけどねこういうのって。
印象的な台詞を書き連ねていったらキリが無いんですけど、あと2つだけ紹介。

「もうダメってなってる時間を やりすごせるかどうかって 運とかだと思うの
わたしがやらないと思う理由を 死んだ人が持ってなかったわけじゃないと思う」

「あんた 死にたいんじゃなくて 願う姿で生きたかったんだろ」
「願いって かなわなかったらダメなのか?」

もうちょっと時間を置いて読み返してみたいです。年単位で間あけて読んだら、また思う事が違いそうですし。
1〜2巻を通して、絵がかなり不安定なんですけど、たまに超ドキっとする表情があって堪りません。具体的に言うと、ヒロタカがアパートへ引越した話で、アリを観察してるヤエを見つめるヒロタカの表情。何あれ。あんなんされたら惚れる。